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大阪地方裁判所 昭和34年(行)61号 判決 1967年11月14日

原告 有限会社菊水堂

被告 大阪国税局長

訴訟代理人 川井重男 外三名

主文

被告大阪国税局長が、昭和三四年六月一五日付で、原告の昭和三二年二月一日から昭和三三年一月三一日までの事業年度分について、その所得金額二七七、四〇〇円法人税額九七、〇九〇円としてなした裁決のうち、所得金額一五五、一二八円を超える部分および無申告加算税の賦課決定のうち、右所得金額に対応する額を超える部分はこれを取消す。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は二分しその一を原告のその余を被告の負担とする。

事実

(当事者双方の申立)

第一、原告の申立

被告大阪国税局長が、昭和三四年六月一五日付で、原告の昭和三二年二月一日から昭和三三年一月三一日までの事業年度分について、その所得金額二七七、四〇〇円、法人税額九七、〇九〇円としてなした裁決のうち、所得金額九九、五八八円を超える部分および無申告加算税の賦課決定は、これを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求めた。

第二、被告の申立

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求めた。

(当事者双方の主張)

第一、請求原因

原告訴訟代理人は、

一、原告は、和菓子の製造、卸業(一部店頭小売業)を目的とする有限会社である。

二、原告が、原告会社の昭和三二年二月一日から昭和三三年一月三一日までの事業年度(以下当該年度という)分の法人税について、訴外此花税務署長に対し、確定申告書を提出しなかつたところ、右訴外署長は、昭和三三年五月三一日、その課税標準額を三五三、八〇〇円、法人税額を一二三、八三〇円とする決定ならびに無申告加算税(税額一五、一五〇円)の賦課決定をなし、その頃、その旨原告に通知した。

三、そこで原告より同訴外署長に対し、昭和三三年六月三〇日、右処分について再調査の請求をしたところ、同年九月三〇日これを棄却する旨の決定があつたので、昭和三三年一〇月三一日被告に対し審査請求をしたが、昭和三四年六月一五日原告の課税標準額を二七七、四〇〇円その法人税額を九七、〇九〇円、無申告加算税額を一一、一〇〇円とする旨の裁決がなされ、その頃その旨原告に通知してきた。

四、しかし、当該年度の原告会社の法人税の課税標準金額は金九九、五八八円であるから右審査裁決のうち、これを超える部分および無申告加算税の賦課決定はいずれも違法である。

第二、被告の答弁

原告主張の請求原因事実中(一)(二)(三)は認め、(四)は争う。

第三、被告の主張

一、原告会社は、此花区内における一番繁華街たる四貫島大通所在の公設市場に直面する恵まれた場所において、高級生和菓子の製造販売をしている従業人員七名の同族会社であるが、販売は卸売二〇%、小売八〇%の割合であつて、店頭現金販売を主とし、夏季にはアイスクリームの販売をも兼業している。

なお、原告会社は、当該年度の前期において、青色申告承認を取消された所謂白色申告法人である。

二、推計課税の必要性について。

(1)、原告会社は、当該年度の確定申告をなさなかつたばかりか、原告会社は管轄此花税務署の係官が調査におもむいたところ、帳簿は原告会社に備付けてなく、又当該年度の課税所得金額の説明を求めても、これに応じなかつたのでやむを得ず同署長は、原告会社の営業の規模、業態、地理的条件などを考慮のうえ、請求原因(二)記載のとおりの認定決定を行い、これに対する再調査の請求についても、これを棄却する旨の決定をなしたのである。

(2)、この棄却決定に対して、原告会社より審査請求がなされたので、大阪国税局協議官は、原告会社について調査したところ、会社においては現金管理がなされておらず、帳簿が恣意的で正規の簿記の原則にもとずく記帳が行われていないと認めた。従つてその所得計算については推計計算もやむを得ないので次項以下のとおり計算した。

三、生和菓子額推計計算方法について。

生和菓子の売上金額を推計するについて、生和菓子が大半糖製品であり、原料の糖仕入量を明確に調査できたので、被告は糖の仕入量から生和菓子の売上金額を推計した。

すなわち、原告会社の昭和三〇年度の売上金額は三、三四六、六六一円で、同年度の糖の仕入高は九〇八貫で、その一貫当り売上高は三、六八五円となつている。そして、当該年度における糖の仕入高は一、四二四貫であるから、当該年度についても妥当な右一貫当り売上高三、六八五円にこの数量を乗じ、当該年度の生和菓子の売上金額を五、二四七、四四〇円と推計した。(別紙(一)計算(1)―(5))

四、右推計計算の合理性について。

この推計売上金額は、大阪国税局管内の各税務署における法人税調査事績のうち、営業の実態を完全に把握したと認められるものを、大阪国税局において収集し、業種別、規模別に分類し、更に業況中庸のものを抽出して作成した「法人の効率手引」(乙第一号証の一)による従業員一人当りの収入金から計算した売上金額から考慮しても妥当なものである。すなわち、原告会社の当該年度における平均従業員人員は七名であるので、乙第一号証の三における署名(税務署名)「長浜」の欄の計数を採用するのが合理的である。

その従業員一人当り収入金をみると一、二〇六、〇〇〇円とあるから、これに原告会社の従業員数七名を乗ずれば、推定売上金額は八、四四二、〇〇〇円となる。従つて、被告がこれを下廻る前記糖の仕入量による推計売上金額を原告会社の売上金額としたことに何等不当はない。

五、売上高合計について。

右のようにして推計した生和菓子売上額に、原告会社の当該年度夏季のアイスクリーム売上高(五五八、七七〇円)を加算すると売上高合計額は五、八〇六、二一〇円となる。(別紙計算(6)(7))

六、営業利益率について。

本件所得金額を推計するについて、被告は、原告会社の営業利益率を六%として営業利益金額を算出した。(別紙(一)計算(8)(9))

前記「法人の効率手引」(乙第一号証の二および三)において、原告会社と同業種の和菓子製造業の効率表は四件掲載されている。このうち三件が生菓子を主体としていることが明示されているので、この中から第四項に記したとおり、従業人員からみて原告会社と規模的に類似すると認められる署名「長浜」の欄の計数を採用することとし、その営業利益率六・一%を下廻る六%に修正して適用したものである。

原告会社の所在地は前記のとおり此花区の繁華街内の公設市場に隣接する良好な場所にあり、滋賀県の長浜との地域差はおのずから明らかであるから、被告が長浜の効率表を参考にしていることは非常に下廻る計算をしているものというべく、被告の推計計算が不当、過大であるとは到底考えられない。

七、以上のとおり、被告は、原告会社の本件事業年度における営業利益金額(三四八、三六〇円)を算出し、この金額に別紙計算(10)(11)記載の営業外損益を加除して所得金額を算出し、審査決定をなしたものである。よつて被告の審査決定は適法なものというべきである。

第四被告の主張に対する原告の答弁

一、被告主張第一項中、原告会社の従業員が七名であること当該年度の前期において青色申告承認を取消された白色申告法人であることは認めるが、原告会社が此花区内における一番の繁華街たる四貫島大通り所在の公設市場に直面する恵まれた場所において高級生和菓子の製造販売をしているとの主張は争う。原告会社所在地は、商店街通りより西に沿うたところにあり、夜分になれば往来もなく三流、四流地とすら考えられる。

又、原告会社の製品は卸値七円から七円五〇銭店頭売値八円から一〇円の単価であり、これは並製和菓子の値段であり、(高級和菓子とは、梅田、難波界隈にならべている単価一五円から三〇円に至る類のものである。)ではない。

二、被告主張第二項(1)のうち、確定申告書を提出しなかつたこと前記のとおりであるが、原告会社には帳簿の備付もなく、又、当該年度の課税所得金額の説明を求めても、これに応じなかつたとの主張は争う。原告会社の簿記は、経理関係担当者中井昭夫が行つたが、簿記方法は大体別紙(三)表記載の方法により行なわれた。右のとおり正確な記帳にもとずき、当期法人所得金九九、五八八円を算出し(その詳細は別紙(二)損益計算書のとおり)、これにより再調査請求ならびに審査請求をしているもので、右申告所得額は正当であるから、本件は推計によることを許されない場合である。

三、仮に本件推計課税も止むを得ない事案であつたとしても、被告主張の生和菓子売上額の推計方法の合理性は争う。被告が推計計算の基礎としている昭和三〇年度においては原告会社の所在地は此花区春日出中二丁目一二番地で昭和三〇年九月になつて本件事業年度の所在地(此花区四貫島大通り)に移転したもので、営業成績その他についても、地理上の一点においてすら昭和三〇年度を推計計算の方法に応用することはできない。なお原告会社の事業は糖製和菓子の他、餠製品等々糖を全然使用しない製品も製造しており、それらの比率は断じて毎年同じでない。

なお、被告主張の昭和三〇年度糖仕入量が九〇八貫、昭和三〇年度売上高が三、三四六、六六一円、本年度糖仕入高が一、四二四貫であることは認める。(別紙計算の下欄原告の認否参照。)

四、第六項営業利益率について。

原告会社の当該年度中の社長石川稔は胸部疾患により長期療養を命ぜられたものであり、病弱のため殆んど仕事が出来なかつた。原告の如く小規模な会社においては、社長自身が製造、営業両面にタツチし、活躍することは自明の理であるが、いつたん前述のような事態が起ると雇人費等の経費増、営業面の沈滞等その影響は計り知れない。

又、地域的にみても此花区は比較的低所得者層の街であり、購売力は低く、利益率も低率である。更に周囲の大きな同業者からの圧迫、競争とも相まつて増々利益は薄い。従つて利益率六%は原告会社にとつてあまりにも苛酷である。

五、被告主張の夏季アイスクリーム売上額、および営業外収益、営業外損失の費目ならびに額はいずれも認める。(別紙計算の下欄原告の認否参照)

(証拠省略)

理由

一、請求原因事実中一、二、三の事実および原告会社は当該年度の前期において青色申告承認を取消された白色申告法人であること、は当事者間に争がない。

二、原告の当該年度の所得額について。

被告は原告会社の当該年度の所得については推計計算によつて算出(別紙(一)計算の(1)乃至(9)のとおり)したと主張するのである。

なるほど証人城尾宏、同竹村保男の各証言ならびに原告会社清算人中井昭夫の尋問の結果(後記措信しない部分を除く)および成立に争のない甲第四号証の一、二、右中井昭夫の尋問の結果真正に成立したと認められる甲第四号証の三によると原告会社は、その収入の大部分(八割強)を生和菓子の店頭小売による現金収入(銀行の取引がなく)に依存していたこと、原告会社の経理を担当していた中井昭夫(現原告会社清算人)は、当時夜間大学生であつたが、原告会社の当時の社長石川稔の知合であつたことから、週二、三回(場合によつて多い時で四、五回程度)時間を定めないで、一回三、四時間の割で原告会社(店)に出て帳簿の整理をしていたこと、その方法は、店頭売りしたものはその時店番をした者(主として店主石川稔の妻)が紙切れにメモしておき、掛売りのものは伝票しておき、それにもとずいて右中井が二、三日たまつた分を一括して売上帳に記帳していたこと、売上金は右石川稔が店内の手提金庫に入れて管理をなし、経理担当の右中井はその記帳した売上と現金との照合をしていなかつたこと、審査請求の段階において、大阪国税局協議官竹村保男が原告会社の帳簿(仕入証票類、大学ノートに鉛筆で記載された売上げ、諸経費の伝票類、総勘定元帳等)を局へ持参して検討した結果では売上げ日記帳には売上げの都度書かれたものと一括して書かれた部分が混在しているとみられる点のあつたこと、右中井は当該年度末頃学生運動に従事していたため非常に忙しく、昭和三二年一二月頃から原告会社への出勤も思うにまかせず帳簿の整理も殆んどできなかつたため、決算も納税申告期限後に遅れて行つていることが認められ、原告会社清算人中井昭夫尋問の結果の中右認定に反する部分は俄に採用し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

以上認定の原告会社の営業の態様、記帳方法の特殊性、帳簿(原始記録を含めて)および現金管理の不完全性を併せ考えると当時としては原告会社の帳簿や経理に対し不信の念を懐かせ売上実額を正確に把握するためには推計計算もやむを得なかつたものといわざるを得ない。

ところで証人竹村保男の証言および前記中井昭夫の尋問の結果(前記採用しない部分を除く)および弁論の全趣旨、によると、原告会社においては糖を用いない和菓子も製造しているが、糖が主材料の一つであること、昭和三〇年度に原告会社の店舖が移転(昭和三〇年度は裏の方の此花区春日出中二丁目一二番地であつたが、同年九月頃それより立地条件のよい同区四貫島大通りに移転)したが、その前後において売上げに大きな変動(移転後一寸売上が増えたかなという程度で、)がなかつたこと、昭和三一年度の糖その他の主材料の仕入量、生和菓子の販売高を正確に把握出来なかつたが昭和三〇年度における糖仕入高、同年度の売上高、および当該年度の糖仕入高が把握できたのでこれらから推定して、当該年度の売上高が推計できる見通しを得たことが認められる。

右認定の事情のもとにあつて、被告は昭和三〇年度の糖の仕入高九〇八貫・売上高三、三四六、六六一円・一貫当りの売上高三、六八五円・当該年度の糖仕入高一、四二四貫従つて三、六八五円に右一、四二四貫を乗じて当該年度の売上高は五、二四七、四四〇円と推計計算したのであつて、被告の右推計計算は一応合理的であるといえる。

なお昭和三〇年度の糖仕入高、売上高一貫当りの売上高、当該年度の糖仕入高はいずれも当事者間に争のないところである。

しかして、被告はなお右売上高に当該年度における夏季アイスクリーム売上額五五八、七七〇円(別紙(一)計算の(6))を加算して当該年度の売上高合計額を五、八〇六、二一〇円と算出したのである。右アイスクリーム売上額は証人竹村保男の証言によれば原告会社の帳簿上の記帳から拾い上げて集計した額であることが認められ、その額五五八、七七〇円は当事者間に争のないところである。

ところで、甲第三号証の一乃至五(但し同号証の一、二は成立に争がない)は原告会社の清算人中井昭夫の尋問の結果によると、同人が原告会社の当該年度の売上日記帳、金銭出納帳、経費明細帳などの帳簿から毎月の売上高、現金収入、支出、営業費を集計して記帳した売上元帳であることが認められる、そして、同号証によると当該年度における原告会社の売上高は原告会社の主張するとおりの五、六五三、五〇三円である旨の記帳のあることが認められるのである。もちろん、原告提出の甲第四号証の一、二、三(売上日記帳)甲第五号証の一、二(売上帳)、甲第六号証の一、二、三(経費明細帳)、甲第七号証の一、二、三(金銭出納帳)は前記中井昭夫の尋問の結果によつて真正に成立したと認められるのであるが右帳簿類は当該年度の全期間にわたる全帳簿でないから当該年度の経理関係をもれなく把握する資料としては充分ではない。

右のごとく当該年度における原告会社の売上高は被告の推計計算に基づいた売上高合計額によれば五、八〇六、二一〇円であり、原告会社の帳簿の記帳によれば五、六五三、五〇三円(原告会社の主張額)であつて、その両者の差は一五二、七〇七円にすぎない。それは原告会社の帳簿の記帳上の売上高に対して僅かに二・七%程度の差異にすぎない。

そもそも、推計課税が許されるのは納税者に納税義務発生原因たる事実(発生の根拠とその額、つまり所得)が存在するのに税務官庁においてその所得(課税標準額)を正確に調査し、その額を決定することが極めて困難か不可能であるがためである。税務官庁としては所得ある限り課税しなければならないから、自然推計によつて課税標準額を決定して課税しなければならないことになるのである。しかしながらその推計は最も実額(実際の所得額)に近いものと思考される額を推計によつて算出決定しなければならないのは当然である。だからして推計計算するに当つては納税者の最も現実に即した(架空のもの、単なる推測のものではいけない。)あらゆる事情を考慮し、しかも、その方法が納税者の場合にとつて合理的なものでなければならないのはこれまた当然である。

そこで、さらに前記の被告の推計計算の方法について検討してみると、昭和三〇年度の売上高三、三四六、六六一円を同年度の糖仕入高九〇八貫で除し一貫当りの売上高を三、六八五円としこの一貫当り三、六八五円に当該年度の糖仕入高一、四二四貫を乗じて当該年度の売上高五、二四七、四四〇円を算出している。ところが証人竹村保男の証言および前記中井昭夫の尋問の結果によると、昭和三〇年度はもちろん当該年度においても糖を使用しない菓子を製造していたのであり、昭和三〇年度の売上高はこの糖を使用しない菓子の売上高をも計上算入した額であること、しかも糖を使用した菓子が主であつたからこれはそれでよいとして、昭和三〇年度においても夏季にはアイスクリーム販売をなし(製造販売用の器具があつたところから)そのアイスクリームの売上高は昭和三〇年度の売上高三、三四六、六六一円の中に計上算入されているものとみられるのに、事実は含まれているか否か明らかにしていないこと、が認められる。もし、昭和三〇年度の夏季アイスクリームの売上高が同年の売上高三、三四六、六六一円の中に計上算入されていないとすれば、当該年度における糖の仕入高から推計してその売上高を五、二四七、四四〇円を算出し、さらに夏季アイスクリームの売上高五五八、七七〇円を加算して売上高合計額五、八〇六、二一〇円と算出することは妥当で合理的であろうが、昭和三〇年度における夏季アイスクリームの売上高がその年度の売上高三、三四六、六六一円の中に計上算入されていたとすれば、当該年度の推計売上高五、二四七、四四〇円に夏季アイスクリームの売上高五五八、七七〇円を加算するのは当を得たものではないであろう。夏季アイスクリームの売上高を加算することが妥当でないとするならば当該年度の売上高は五、二四七、四四〇円のみとなる。そうすると、これは原告会社の帳簿上記帳の売上高を下廻ることとなる。このようにみてくると、被告の推計の結果による売上高合計額は最も実額に近いと思考される額に最も近接しているか否か疑がないわけではなく被告の推計方法によつて算出された売上高合計額と、原告会社の帳簿上記帳の売上高との差額が前記のような極めて僅少である場合はそのいずれが、最も実額に近いと思考される額により近接しているか明らかでない。

一般に推計計算にあつては、推計の基礎となるべき納税者の現実のあらゆる事情に対する考慮に万全を期することは極めて困難であつて常に過誤を犯す虞れはないものといえないのであり、右推計の基礎となるべき納税者の事情に対する考慮について多少欠ける点があるからといつて直ちにその推計計算の合理性を否定すべきものではない。しかしながら推計計算に基づいて得られた結果については推計計算の基礎として考慮した納税者の事情との関連において過誤の生ずる範囲およびその可能性に留意する必要があるものといわなければならない。本件における被告の前記認定の推計方法は一応合理的であるとみられるのであるが、前記認定の如く夏季アイスクリームの売上高の点について充分な考慮が払われていないことは、前記認定のような過誤を生ずる可能性を蔵するものであり、また原告会社の前記認定のような営業状態のもとにおいて原告会社の昭和三〇年度の売上金額と同年度の糖の仕入高および当該年度の糖の仕入高を基礎にした被告の推計計算の結果については或る程度の誤差のあることを予想させるに充分である。ところで前記認定によると被告の計算に基づいた原告会社の当該年度の売上高合計額五、八〇六、二一〇円と原告会社の主張する売上高合計額五、六五三、五〇三円(帳簿上の売上高)との差は僅か二・七%に過ぎないのであるから原告会社の主張する売上高(帳簿上の売上高)は被告の計算に基づいた売上高合計額と原告会社の売上実額との間(誤差の範囲内)にあるものともみられるのである。

以上の事実を考慮に入れると原告会社の売上高の認定についてはあえて右推計計算の結果に固執して原告会社の売上実額の把握を誤る危険を犯すよりはむしろ原告会社の帳簿に積極的に脱漏もしくは虚偽記載が認められない以上(本件全証拠によるも原告会社の帳簿に脱漏および虚偽記載があると認め得る証拠はない)その帳簿の記載ならびにそれに基づく原告会社の主張に従う方が過誤を避ける点からいつても妥当であろう。そしてそのことは法人税債権の確定について第一次的には納税者の判断によるべきであるとする申告納税制度の趣旨に通ずるものとして首肯し得るものといえよう。

この見地からして原告会社の帳簿上記帳の五、六五三、五〇三円を原告会社の当該年度の売上高と認める、従つて被告主張の推計計算に基づく売上高合計額は採用出来ない。

そうすると、原告会社の当該年度の総売上額は五、六五三、五〇三円であり、これに当事者に争がない価格変動戻入金六、五七九円を加算すると総所得額は五、六六〇、〇八二円となる。

ついで経費については、被告は原告会社の帳簿などからその経費を正確に把握することは困難であるとして、原告会社の当該年度の営業利益率を六%とみたのである、その根拠は乙第一号証の一、二、三の法人の効率手引によつたものである。ところで、証人城尾宏の証言によると、乙第一号証の一、二、三の法人の効率手引は大阪国税局が管内の各税務署における法人税調査事績のうち営業の実態を完全に把握したと認められるものを収集し、業種別、規模別に分類し、更に業況中傭のものを抽出して作成したものであることが認められるので同号証の表の中極めて近似のものあるときは営業利益率を算出するについて参酌し得られるものといいうる。しかして、被告は同号証の表中原告会社と業種、規模において類似する長浜(長浜税務署管内)の欄の計数を採用してその営業利益率六・一%を下廻る六%に修正して原告会社の営業利益率に適用したと主張するのであるが、いまその長浜の欄によれば、長浜は生菓子の製造業(卸小売業)であつて、その業種において原告会社と殆んど同じである。しかし長浜については、その調査の事業年度は自昭和三一年八月至同三二年七月であり、その営業規模は収入金一三、二七一、〇〇〇円、従業員は一一人であるのに、原告会社については、事業年度は自昭和三二年二月一日至同三三年一月三一日でありその年度について多少のずれがある、収入金は五、六六〇、〇八二円で長浜の約半分以下、従業員は七名で長浜より遙かに下廻るから両者は同規模ともいえないから比較対象とするのは当を得ないところである、また滋賀県の長浜と大阪市此花区の原告会社の所在地とがその地理的環境的、ひいては商業的に近似しているとはこれを認めるに足る証拠がない、従つて長浜の利益率は原告会社の当該年度に適用することは出来ない。長浜の利益率六・一%を下廻るからといつてそれと殆んど同率である六%の利益率もまた直ちに原告会社の当該年度に適用することは出来ない。他に被告の提出援用する全立証を以つてしても原告会社の当該年度に適用するに足る利益率(経費)を認めることは出来ない。

そうだとすると経費については原告が主張するもので帳簿上の記帳がありそれ相当の理由のあるものはそのとおり採用せざるを得ないこととなる。原告の主張する製造原価、営業費は経費として当然必要にして支出すべきものであるし、前記甲第三号証の四、五によれば、製造原価三、四一五、六三三円、営業費二、〇八九、三二一円を要した旨の記帳があるのでこれをそのとおり認めることとする。原告は減価償却費四八、二七一円を損金として総所得から控除すべきものと主張する、しかし減価償却資産は建物機械および装置等のように事業の用に供され、時の経過によつて価値が減少するものであつて、その種類、償却の方法、償却率の如何によつて始めて具体的に原価償却費の範囲が定まりその範囲内において減価償却の額を定めるものであるが原告の主張する減価償却費についてはその根拠となるべきすべて(その種類、償却方法、償却率など)を明らかにしないところであるから、原告の主張を直ちに採用することは出来ない。さらに原告は価格変動準備金繰入損七、二六九円を所得の計算上損金に算入さるべき旨主張するのであるが原告会社は当該年度においては青色申告書を提出する法人でないからこれまた損金算入の認められないところである。そうだとすると、原告会社の当該年度における総所得五、六六〇、〇八二円から製造原価三、四一五、六三三円と営業費二、〇八九、三二一円を差引いた一五五、一二八円が原告会社の当該年度における所得(課税標準額)であるといわなければならない。

三、原告会社の当該年度における所得(課税標準額)は以上認定のとおりであるから被告が昭和三四年六月一五日原告会社の当該年度の所得についてなした審査裁決のうち右の所得金額一五五、一二八円を超える限度において、また、無申告加算税の賦課決定のうち右所得金額に対応する無申告加算税の額を超える限度において、いずれも違法であるからこれを取消すべきでありその余の請求は理由がなく失当であるからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 石崎甚八 長谷喜仁 光辻敦馬)

(別紙)

(一) 計算 原告の認否

○印認×印争

(1) 昭和三〇年度糖仕入    九〇八貫             ○

(2) 昭和三〇年度売上高    三、三四六、六六一円       ○

(3) 糖一貫当り売上高     三、六八五円((2)÷(1))     ○

(4) 本件事業年度糖仕入高   一、四二四貫           ○

(5) 本年度生和菓子売上推定額 五、二四七、四四〇円((3)×(4)) ×

(6) 夏季アイスクリーム売上額 五五八、七七〇円         ○

(7) 売上高合計額       五、八〇六、二一〇円((5)+(6))

(8) 営業利益率        六%               ×

(9) 営業利益金額       三四八、三六〇円((7)×(8))

(10) 営業外収益

価格変動準備金戻入   六、五七九円           ○

(11) 営業外損失                         ○

賃借料          六七、二六〇円

事業税引当        一〇、一八四円

営業外損失小計      七七、四四四円

(12) 本年度純利益金額     二七七、四九五円((9)+(10)-(11))

(二) 損益計算書 自昭和三二年二月一日至昭和三三年一月三一日

支出の部

科目

金額

収入の部

科目

金額

当期製品製造原価

三、四一五、六三三

〇〇

当期総売上

五、六五三、五〇三

〇〇

営業費

二、〇八九、三二一

〇〇

(内夏季アイスクリーム売上)

(五五八、七七〇

〇〇)

減価償却費

四八、二七一

〇〇

価格変動戻入

六、五七九

〇〇

価格変動準備金繰入損

七、二六九

〇〇

当期純利益

九九、五八八

〇〇

五、六六〇、〇八二

〇〇

五、六六〇、〇八二

〇〇

(三) 表

売上帳──┐

├──売上伝票

┌─売上日記帳┘

元帳─┤       ┌─入金伝票

├─金銭出納帳─┤

│       └┬出金伝票

├─経費明細帳──┘

└─振替帳

なお、元帳は現金、未収金、売掛金、材料、補助材料、消耗費、製品、仕掛品、機械、什器備品、車輛、仮払税金、未払経費、未払金、買掛金、出資金、法定積立金、別途積立金、繰越剰余金、納税引当金、売上営業費、減価償却費、機械減価引当金、什器引当金、価格変動準備金繰入損、価格変動準備金戻入益、損金、損益の各項目に分類され、各関係帳簿から転記されている。

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